投稿者: 半田卓郎
俳句総合誌掲載
〇「俳句界」(文學の森)
2022年2月号 作品10句
一瀬正子(爽樹編集長)
小江戸
時雨るるや小江戸に多き抜小路
冬うらら茶舗に小机小座布団
手相見の手持ち無沙汰や年の市
鬼瓦に挑む一羽の初雀
天井の竜のひと鳴き寒波来る
老い様はそれぞれ風の枯はちす
日溜りの羅漢の肩に蝶の凍つ
刃物屋の玻璃戸に寒の薄日差
日脚伸ぶ木目の浮き出す大鳥居
棹菓子のあかねがさねや春隣
〇「俳壇」(本阿弥書店)
2022年2月号
俳壇雑詠 今瀬剛一 選(対岸主宰)
特選 河瀬俊彦(爽樹代表)
遠富士のことに輝く今朝の冬
選者評
立冬の感触をよく情景化している。直感であろう。遠くに見える富士山を「ことに輝く」と表現している。いつもと違って取り分け輝いて見えたのだ。いい感性をしている。澄んで引き締まった空気の感触が快い。
〇「俳句」 (株式会社KADOKAWA)
2022年2月号
令和俳壇 星野高士 選(「玉藻」主宰)
推薦 河瀬俊彦(爽樹代表)
酒盛りにはじまる漁夫の冬支度
選者評
漁夫と聞いただけで酒豪という感じが伝わってくる。海の上なのか、地上なのかはわからないが景気の良さの溢れている作品。妙味なのは冬支度という季語。酒盛りをしたらどことなく冬の支度も垣間見える。作者のものの見方も丁寧で、しっかりと詠んでいた。
狭山丘陵センターエリア(荒幡富士)吟行句会報告
狭山丘陵は、埼玉県と東京都にまたがる独立した丘陵地で、市街地の中に浮かぶ「緑の島」のように残された首都圏を代表する重要な自然環境です。ここに作られた施設は「狭山丘陵生き物ふれあいの里」です。
「センターエリア」の他、八国山から多摩湖、狭山湖にいたる地域で、「水鳥の楽園」「虫たちの森」「湿生植物の里」「雑木の森」「蝶の森」の5スポットがあります。
今回、〈10月23日〉所沢鍛錬句会が吟行を行ったセンターエリアは、西武狭山線下山口駅から15分程の丘陵地の森林にあり、鳥類、動物などの剝製が多数展示された学習施設、句会場とした会議室があり、隣接して荒幡富士(富士塚)、浅間神社があります。荒幡富士の吟行句を紹介します。
荒幡富士(富士塚)を詠む
富士塚より富士をはるかに櫟の実 山口昌志
遠富士の襞きはやかに鵙日和 河瀬俊彦
頂は人をこぼさじ薄紅葉 松代忠博
きちきちは荒幡富士を飛ぶ構へ 半田卓郎
東京のベッドタウン・所沢にあり、明治32年に富士信仰によって築かれた人工の山で、麓からの高さは11mです。山頂からは本物の富士山をはじめ、西武ドームが目の前に見えます。富士塚は2~3mのものが多く、この高さのものは珍しく「東京付近随一の傑作」と称されています。
明治政府の意図した、神社合祀による村民の民心統一のために村民たちの手により、明治17年から延べ1万人が参加して行なわれました。もつこ(持籠)に土をいれてバケツリレーのように運び笊に土を入れて積み上げ、すべては村民たちの手作業で行われました。およそ15年の歳月をかけて、高さ11メートルに自らの手で完成しました。大正12年、関東大震災で8合目まで崩れましたが、2年がかりで修復されました。
明治の文豪、大町桂月は、何度となくこの地を訪れ、この眺望を褒め称えたとのことです。大正10年3月には、大町桂月の撰文で「荒幡新富士築山の碑」が建てられています。
八州の我に朝する青葉かな 桂月
戦後は一時荒れるに任せた状態になったこともありました。しかし、その都度住民が総出で復興にあたり、原形の保存に努めてきました。平成23年(2011年)の東日本大震災後も一部修復が行われました。現在は地域住民の皆さんが結成した「荒幡富士保存会」により、定期的に大掃除やパトロールなどが実施されています。
完(文責;半田卓郎)
俳句総合誌掲載
〇「俳句界」(文學の森)
2021年12月号 新作巻頭3句
河瀬俊彦
二十四の瞳のあそぶ冬の浜
釣り上げし河豚はたちまち太鼓腹
冬凪の港へもどる大漁旗
〇「俳句」(角川文化振興財団)
2021年12月号 作品8句
川口 襄 「望郷」
望郷のエンドロールの桐一葉
水の秋河童は皿を洗ひをり
生意気な臀をしてゐる水蜜桃
月影の木犀は香を争はず
秋爽の波たぶたぶとたらひ舟
嶺の鷹確と虚空を睥睨す
沼底を見てきた貌のかいつぶり
軒氷柱満天の星閉ぢ込めて
〇「俳句」(角川文化振興財団)
2021年12月号 令和俳壇12月
井上康明 選
推薦 河瀬俊彦
雨乞や島に大きな日蓮像
佐渡島の日蓮像は、日蓮像としては世界最大だという。干天が続いて、雨乞いの神社の神主が雨乞いをすることになった。懸命な祈りは神にとどくだろうか。島には巨大な日蓮像があるので、功徳の雨が期待できるだろう。
渋沢栄一のふるさと、深谷の市内吟行
渋沢栄一(しぶさわ えいいち) ・1840年3月16日~1931年11月11日(91歳没) 「一身にして二生を経る」とは渋沢栄一を指していう言葉でしょう。幕末の世で農民に生まれ、尊王攘夷に目覚め、倒幕運動に邁進するも運動は挫折。その後、なんと後の将軍一橋慶喜に仕え、幕臣となります。この間パリ―万博に招待された慶喜の弟昭武の使節団に庶務・会計係として随行しました。 この見聞が、栄一の人生を大きく変えることになりました。明治維新後は新政府に迎えられ大蔵省において財政など様々な制度作りに取り組みます。4年後官界の硬直した体制に限界を感じ、実業界へ転身します。第一国立銀行〈現在のみずほ銀行〉をはじめ、東京海上、帝国ホテル、キリンビールにサッポロビールなど、生涯で設立・育成した会社は500社をこえます。 企業のみならず、証券取引所、日本赤十字社、一橋大学、日本女子大学の設立など、社会福祉活動、さらに国際親善にも尽力しました。 生涯を通じて基本理念は、「論語」の精神であり「私利を追わずに公益を図る」という信念のもと、日本国の基礎を築いた最大の功労者です。2024年に発行される新紙幣の1万円札の肖像に選ばれました。 |
渋沢栄一生家(中の家)と論語の里(深谷市)吟行コース
大河ドラマ館から順次論語の里循環バスにより下記のように縁の場所を吟行しました。 深谷駅北口→大河ドラマ館(論語の里循環バス)→生家(中の家)→諏訪神社・青淵公園・渋沢栄一記念館・鹿島神社・尾高淳忠生家・誠之堂・清風亭→深谷駅北口 (註:『青淵』は栄一の雅号) 栄一が育った中の家と7歳から論語を習いに通った尾高淳忠生家の周辺にはゆかりの史跡が数多くあり、「論語の里」と呼んでおります。 |
小山徳夫顧問作品 蓼藍の花や紙幣の青淵像 (生家の庭の鉢植えの藍の花) |
特選(小山徳夫顧問選)
・秋雲の赤城山を望む青淵像 小峰 光子
(渋沢栄一記念館の裏に立つ像)
・菊日和瀟洒な亭の瑠璃かはら 内藤 紀子
(「誠之堂」の屋根)
・出立の凛々しき像や万年青の実 本庄 準也
(生家の裏に立つ青年像)
・涸れ井戸に療治伝説小鳥来る 河瀬 俊彦
(鹿島神社の境内の大欅の枯株の井戸)
・そぞろ寒熱あつ頼む煮ばうたう 本庄 準也
(生家の隣にある麵屋「忠兵衛」栄一の好物)
・琅玕の風爽やかに招魂碑 小峰 光子
(生家の庭にある栄一の父の顕彰碑)
完(文責 半田卓郎)
俳句総合誌掲載
○総合誌「俳句四季」(東京四季出版)
2021年10月号「今月の華」
河瀬俊彦「どんぐりの願い」
団栗のやがて大樹の尖りかな
要旨 ゴルフのプレー中たまたま一つ拾い上げたどんぐり。よく見ると先端が尖っており、ここから芽が出て大樹になることに気づいた。これをもとに詠んだ初心の頃の一句である。 爽樹誌創刊に編集委員として参加したが、この句は爽樹の応援歌のようで当時から愛着がある。 爽樹は、令和3年1月創刊十年を迎え新体制となった。創立時に策定した「爽樹の理念」を継承しながら、新メンバーで知恵を絞り、協力しあって次なる発展を目指している。 この句に対する愛着が、ますます増している今日この頃である。 代表 河瀬俊彦 |
○総合誌「俳壇」(本阿弥書店)
2021年10月号「現代俳句の窓」
松本きみ枝作品「はたた神」6句掲載
ひと鞭を我が海馬へとはたた神
梅雨明けて俄に星は声上ぐる
忘るるといふ涼しさよ美酒満たす
さびしむとうちの金魚はうたひ出す
人並みの副反応かところてん
古すだれ我が身ごろんと放り置く
○総合誌「俳壇」(本阿弥書店)
2021年11月号「現代俳句の窓」
黒岩裕介作品 「神慮」6句掲載
雲の峰人に未完といふ神慮
向日葵に老の背丈を測らるる
八月の風鈴夜々の独り言
人生の集まるベンチ山椒の実
鉦叩生家に父母の息づかひ
水音は村の語り部稲の花
○総合誌「俳句四季」(東京四季出版)
2021年11月号「句のある風景」
松本きみ枝作品 「黒山三滝」
修験道 5句掲載
一礼の深々と滝飛沫浴ぶ
ひぐらしの鳴きかはしをり修験道
山の気の只中にゐる木樵虫
小春日の茶屋に干されし小座布団
岩場経て杖やすまする落葉路
越生町の越辺川支流に,男滝、女滝、天狗滝の3つを総称して黒山三滝がある。昔は山岳宗教修験道の拠点ともなっていたようである。 黒山三滝の周辺の谷は狭いが道は整備され、小規模ながらも深山の趣がありよい気を得ながら吟行できる。
○総合誌「俳句界」(文學の森)
2021年10月号「投稿欄・雑詠」
稲畑廣太郎選「特選」 梅雨
梅雨寒やワインの栓の鈍き音 金子慶子
(選者選評要旨:ワインはコルクを通してボトルの中で熟成が進むデリケートな酒である。勿論季節にも関係していてこの句はワインの栓を通して、梅雨の季節を見事に表現している。)
今瀬剛一選「特選」
郭公や林の中のレストラン 河瀬俊彦
(選者選評要旨:情景がとてもよく見える。まず郭公の声が強調され、辺り一帯にひびき渡る。更にレストラン自体の存在が明確になってくる。いかにもおいしい料理が出そうである。)
○総合誌「俳句界」(文學の森)
2021年11月号「投稿欄・雑詠」
西池冬扇「特選」
ぷうと息洩れて草笛終はりけり 河瀬俊彦
(選者選評要旨:草笛の吹き方もいろいろあります。蒲公英のように空洞の茎を利用するのもあるし、薄い葉を手の間で振動させることも。この句はたぶん後者でしょう。このように吹きそこないを句にしたのは、誰しもが経験するだけに面白い。上手くなると旋律をかなでるコトもできます。)
○総合誌「俳句界」(文學の森)
2021年11月号 「作品10句」
月祀る 小林眞彦
快晴を告ぐる予報士赤い羽根
在来種帰化種花野を分かち合ふ
葛の蔓伸びて虚空を探りをり
草の絮飛んで疫病のなき星へ
住みづらき世を面白く瓢の笛
草の花ニューノーマルを生きてゆく
むらさきに暮るる盆地や葡萄熟る
月祀る月のしづくの白ワイン
流星の行方はゴビか崑崙か
左手になじむ胡桃や季寄せ繰る
○総合誌「俳句」(KADOKAWA)
2021年11月号 「令和俳壇」
小林貴子 選 (「岳」編集長)
推薦 竹夫人意外と我に好意的 横山百江
(選者選評:この「夫人」、うちの夫とは仲良くしたいみたいだけれど、私のことは無視するの…と思っていたんだけれど、急に私にも打ち解けて来たわ・・・といった妄想劇場が止まらなくなってしまった。)
朝妻 力 選 (「雲の峰」主宰・「春耕」)
推薦 万緑と鳥声友に徒日和 阿部昭子
(選者選評要旨:徒は乗り物を使わずに歩くこと。万葉集などには徒歩とも表記されています。外出自粛下、人出の少ない郊外への吟行でありましょう。目に万緑、耳に鳥声を楽しみながらの吟行。(徒日和)がこよなく効果的です。)
完(文責 半田卓郎)
小平グリーンロード吟行(所沢鍛錬句会)
アジサイアナベル
小平グリーンロード
花小金井教会前庭(花小金井駅南口)6月26日所沢鍛錬句会吟行会で撮影。
紫陽花の新品種で純白が特徴、アメリカで発見されヨーロッパで改良された品種です。
小平グリーンロードは、玉川上水、野火止用水、狭山・境緑道、都立小金井公園を結ぶ小平をぐるりと一周する約21キロメートルの起伏の少ない水と緑の散歩道です。
今回は、その一部分の、狭山・境緑道の、西武新宿線の花小金井駅から小平駅の間の一駅の緑道(約3キロメートル)を吟行し、次いで西武新宿線で新所沢駅へ戻り新所沢公民館で句会を開催しました。
西武新宿線花小金井駅(南口)から小平駅まで線路沿いに緑道(3キロ)があり、古民家園、紫陽花公園、タケノコ広場、お寺、公開の庭、カフェ、農園など見所が多く句材も多いところです。
教会に白き妖精七変化 半田卓郎
第1回選者情報交換会開催
令和3年6月26日(月)10時~12時;ウエスタ川越 会議室2
出席者
阿部昭子、勝浦敏幸、河瀬俊彦、黒岩裕介、小林眞彦、小山徳夫、斉藤道 正、谷川信子、橋本良子、半田卓郎、村田菊子、一瀬正子 (欠席:川口襄、神崎康光、黒須洋子)
趣旨
爽樹は、合議制による集団指導体制により運営しております。設立時の選者は4名で句会は14句会でしたが、10年経過して現在は選者14名で句会は33句会となりました。このような現状から年数回は一堂に会して情報交換するのは有意義なことと考えます。
情景主義、有季定型、文語文法、旧仮名遣いという爽樹の基本的な指導方針はテキストなどに明示されており明確ですが、それ以外の例えば季重なりの問題、口語俳句の問題など、選者情報交換会でこれらの問題を議論し一定の方向性が出せればと思っています。その意味で編集長にもこの会のメンバーになって頂きました。
本日は第1回目なので
・日頃句会で苦労していること、工夫していること
・今後、この会で議論すべき事項
等について自由に話し合って頂きたい。 (代表 河瀬俊彦)
討議概要
1.爽樹の句会の評価基準は、特選、秀逸、普通選、選外の4段階評価であるが、未だ 選外をつけていない句会もいくつかある。
2.季重なりに関しては、俳壇としては容認する傾向である。但し初心者については一季語で作句し季語に習熟するよう指導する。季重なりの取り扱い、考え方は爽樹テキストの記述に準拠する。
3.俳句の発想法に関して、先師小澤克己は、俳句の発想は過去の知識の蓄積から「ポタっと落ちてくる」ものであるとしているが、一般には自然事象から五感を通じて発想する所謂写生である。爽樹の吟行重視の指導方針は変わらない。
4,句会運営の工夫
芭蕉などの文献紹介演習、感銘句・難解句などの学習、選句演習、兼題・席題の採用、郵便添削指導、など、各選者が工夫して実行していることを紹介した。適宜参照する、
次回以降の予定
12月の拡大役員会の日に開催する。予めテーマを設定する。
(文責 半田卓郎)
石神井公園吟行句会
所沢鍛練句会は、5月22日(土)石神井公園の吟行句会を行いました。走り梅雨で雨模様の日が続きましたが当日は幸い雨も降らず時折日差しものぞく曇り空でした。この会は、定点吟行を実施して同じ所に季節を変えて吟行して季感を磨くことを目的としております。
石神井公園は、練馬区にある豊かな自然と史跡のある公園として都民の憩いの場です。三宝寺池と石神井池の二つの池を中心に構成されて居り、豊かな自然と石神井城の史跡や伝説もあり武蔵野の面影が多く遺されております。国の天然記念物である沼沢植物群落をはじめとして自然がそのまま遺されており、土塁と濠の城址や練馬ふるさと文化会館や古民家を始め、三宝寺、道場寺など神社仏閣も隣接しております。
当日は都の緊急事態宣言中でしたので、吟行及び句会は特に感染対策に留意して開催しました。隣接の文化会館の広い会議室を借用し、マスク着用、検温実施、座席は間隔を充分取り且つ換気に留意して当日参加者14名により開催いたしました。
緊急事態宣言下で色々な場所が閉鎖され、行動制限がある中ですが、安全には充分留意しつつこうした自然との出合い、人との出合いは、「今」を生きているからこそで、大切なことであります。
半田卓郎選 特選三句
隠れ棲む蛍袋や父母の魂 麻生昭子
咲き満ちて千の睡蓮鎮もれり 河瀬俊彦
水脈伸ばしひとりが好きと通し鴨 小林久子
橋本良子選 特選三句
山法師御成の門は雨に寂び 茂木 勲
咲き満ちて千の睡蓮鎮もれり 河瀬俊彦
神々の宿る枝先花樗 麻生昭子
咲き満ちて千の睡蓮鎮もれり 河瀬俊彦
栴檀の花満ちて地に溢れたり 半田卓郎
睡蓮の白いとしくも寄りがたく 小林久子
浮巣みて一人二人と寄る笑顔 橋本良子
以上
第12回爽樹俳句会代議員会
代議員会は各句会の幹事や役員など46名が参加して行われました。開会に先立って3名の会員物故者に黙禱をささげました。 はじめに河瀬代表による開会挨拶があり、コロナ禍の中句会の運営に当たる句会幹事を労りました。
つづいて〈議事の部〉に入り、第1号議案令和2年度事業報告(案)として勝浦句会統括より38句会の会員状況や会計状況についての報告がありました。
令和2年度は、コロナ禍の影響で中止もしくは通信句会への切替えを余儀なくされた運営の難しい年度であり、かつ会員数(186名)、句会参加者数(延べ572名)がともに減少した年度でした。
十周年実行委員会各委員より十周年事業(「季語別選集」の発行(小林)、「爽樹の理念」のリーフレット発行(河瀬)、「爽樹」創刊十周年記念俳句コンクール(一瀬)、「爽樹」創刊十周年記念特集号の発行(一瀬)及び「爽樹」創刊十周年記念俳句大会(赤池)の報告がありました。
「季語別選集」はA6判306ページの小冊子で、先師小澤克己の句631句及び会員のうち168名からの5,133句が掲載されています。
「俳句コンクール」は会員年数の短い会員に作品10句の部を設けたところ29名の応募があり、作品20句の部には33人の応募がありました。
「俳句大会」には137名、274句の応募がありました。
また、「爽樹」創刊十周年記念事業基金として会員等176名から145万3千円の寄付が集まったとの報告(港)がありました。
港会計担当より第2号議案令和2年度決算報告(案)、第3号議案十周年事業収支決算報告(案)について説明があり、黒岩会計監査人よりそれぞれの会計監査報告がありました。
以上を諮り、全会一致で可決されました。
第4号議案令和3年度事業計画(案)として、河瀬代表より活動方針が、斉藤企画運営担当より事業計画が説明されました。計画では、令和2年度にできなかった吟行俳句大会(9月・川越)、新年会並びに新年俳句大会・句集出版記念祝賀会(1月・川越)、令和2年度の十周年記念俳句大会に続きテーマ別俳句大会「遊びを詠む」を行うとの説明がありました。なお、バスを使用する研修旅行と竹寺俳句大会は提案されませんでした。
つづいて、第5号議案令和3年度収支予算(案)について港会計担当より説明がありました。
以上を諮り、全会一致で可決されました。
第6号議案規約改正(案)について勝浦幹事長より拡大役員会(役員・理事・顧問)に更に選者を加えるとの説明があり、諮ったところ全会一致で可決されました。
つづけて〈報告の部〉に入り、河瀬代表より報告1役員会運営状況、報告2研修部関連状況、報告3結社・出版社交流状況、報告4外部俳句大会への投句の勧めの報告がありました。
さらに、勝浦ホームページ委員長より報告5ホームページのリニュ―アルについて報告がありました。
30分の休憩をはさんで出席者全員による〈意見交換の部・司会港、赤池〉に移りました。
80分に及ぶ話し合いが行われましたが、その中で、句会では俳句の批評だけでなく基本的な知識の誤りについても遠慮なく指摘をお願いしたいという意見や他の句会に出られるよう文書で勧めてほしいとの要望などが出されました。
文書による通知は出さないものの相互の句会参加はこれまでも認められているとの回答がありました。
最後に松本副編集長による閉会の辞により代議員会は終了しました。
意見交換会の発言の様子
以上
写真提供;齊藤博之 文責:勝浦敏幸